昆虫、特に甲虫を中心とした生き物ブログ。ビーチコーミングやガラスびん収集についても書いています。


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カテゴリ:雑話( 11 )

江ノ島にてモース博士に思いを馳せる

 先日、江ノ島を歩く機会があった。これまで遠目に見ることはあっても、島の中にまで足を踏み入れたことはなかったので、色々と目新しく楽しい経験をした。

f0205097_23251214.jpg


 観光地としての知名度は言うまでもないが、江ノ島は生き物屋にとっても話題に事欠かない場所である。明治以降、日本における近代的な動物学が最初に盛り上がったのも、この地を中心とした相模湾周辺であった。いわゆるお雇い外国人が豊かな生物相に注目したからである。ヒルゲンドルフ博士が江ノ島の土産物屋でオキナエビスを「発見」した話は有名だし、このブログでも何度か言及したことのあるモース博士が、日本で最初の臨海実験所をつくったのも江ノ島だった。

 特にモース博士の当地に対する入れ込みようはかなりのもので、来日してからほどなく、博士はここで海岸に面した小屋を借り、ひと夏の間、そこを拠点として精力的に採集を行った。この小屋の手配にあたっては植物学者の谷田部良吉が便宜をはかった。モース博士が来日した目的は腕足類をはじめとした海洋生物の研究であったので、それらがたくさん採れる上に、当時から開けていて生活もしやすかった江ノ島は、まさに研究の拠点とするにふさわしい場所であったに違いない。博士の当時の日記をまとめた本、「日本その日その日」には、江ノ島での生活や調査の様子に多くのページを割いており、この日記の重要な読みどころのひとつとなっている。

 借りた小屋を実験所に改装するのは短期間で終わったが、当時そうしたものに縁のなかった日本人の職人たち(しかも常にのんびりしている)に一から説明して造らせるのは大変だったらしい。博士はまず、必要なテーブル、椅子、窓のつくりや位置、錠前の必要性などを根気よく説明しなければならなかった。また、研究に必要なアルコールやガラス瓶の確保も容易でなく、当時の日記には一刻も早く調査を始めたい博士の苛立ちが見てとれる。
 出来たら出来たで災難はやってくるもので、実験所が完成した翌日には台風に見舞われ、せっかく持ち込んだ物資を暴風雨のなか運び出す羽目にもなった。そんな苦労の末、念願の研究を開始した時の喜びはひとしおであったろう。博士の当時の日記には、以下のようなくだりがある。明治10年7月30日、江ノ島に移ってから初めてドレッジを行った時である。


 我等の入江に帰った時、私はそもそも私をして日本を訪問させた目的物、即ち腕足類を捕らえようという希望で一度曳網を入れて見た。私は引潮の時、この虫をさがしに、ここを掘じくりかえして見ようと思っていたのである。所が、第一回の網に小さなサミセンガイが三十も入っていたのだから、私の驚きと喜びは察して貰えるだろう。


 その後もシャミセンガイのみならず、助手を使いつつ、海岸で様々な生物を採集した。同年8月10日の日記。


 昨日我々は、干潮で露出した磯へ出かけた。(中略)収穫が非常に多く、また岩の裂け目に奥深くかくれた大きなイソガイ、生きてピンピンしている奇麗な小さいタカラガイ、数個のアシヤガイ(その貝殻は実に美しい)、沢山の鮑、軟かい肉を初めて見る、多くの「属」、及びこれ等すべての宝物以外に、変な蟹や、ヒトデや、海百合の類や、変った虫や、裸身の軟体動物や、大型のヒザラガイ、その他の「種」の動物を、何百となく発見する愉快さは、非常なものであった。


 学者というものは研究室にこもって黙々と作業をしているイメージが一般的かもしれないが、それは根っからの生物学者には当てはまらないことが多い。野外に出て好きな生き物に出会った時ほど、生物学者を喜ばせるものはない。何にでも興味をもって採集と記録に努めたモース博士の日記には、その楽しさがよく表れている。

 博士の江ノ島滞在は約1ヶ月と短かったが、明治初頭という時代にあって、臨海実験所の先駆けをつくったという点でも意義深いものがあった。その建物は、現在の江ノ島大橋を渡り切って左手へ少し行ったあたりに存在したようだ。その後の埋め立てで地形は変わってしまっているが、藤沢市の設置した記念プレートがあり、実験所のあったおおよその位置を知ることができる(もっとも、実際に実験所があった位置とは多少のずれがあるらしい)。

 モース博士が江ノ島で研究を行ってから100年以上の月日が流れたが、多くの参拝客や観光客で賑わう島の風景は変わらない。しかし海は変わった。博士が嬉々として採集したシャミセンガイはもういないし、当時はいくらでもいた多種多様な貝類も、かなりその数を減らしたことだろう。モース博士が今の湘南の海を見たら大いに嘆くことだろうが、博士に教えを受けた当時の日本人たちにより、我が国の動物学は急速に発展することになった。それまで本草学の域を出なかったものが、近代的な学問へと大きく変貌していったのである。その点については、草葉の陰の博士も嬉しく思っているのではないだろうか。

f0205097_23253113.jpg


 橋を渡ってすぐのところにある記念碑。すぐ横のプレートには、「エドワード・S・モース記念碑 日本近代動物学発祥の地」とある。調べ物をするモース博士と、日本の子供たちのレリーフである。
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by isohaetori | 2014-06-29 23:36 | 雑話 | Comments(0)

学会参加決定、しかし…

12月1日と2日に行われる、甲虫学会の大会に参加できることになった。私の職場では、普通は土日の休みなどもらえないものなのだが、今回ばかりはと必死になって上司に懇願したのである。さすがに嘘でごまかすには難しい感じだったので、正直に事情を話した。

いそはえとり 「かくかくしかじかというわけで、ぜひ参加したいんです。土日で申し訳ありませんが休ませてください!」
上司 「お、おう…。ていうか学会? 虫の? なんだそりゃ? お前普段なにやってるんだ??」

私がプライベートで虫をやっていることすら知らなかった上司は、突然わけのわからない虫業界(?)の話が出てきたことでかなり戸惑った様子であった。しかし気迫で押しきり、なんとかOKを貰うことができた。やはり私の日ごろの行いが良いおかげであろう。


講演の申し込みはとうに締め切られていたが、ハネカクシ談話会の小集会ならと思い、発表を申し込んだ。ネタは某半島の某属の未記載種である(なんも説明していないのと同じ…)。こちらも意外にあっさりOKになり、逆にこちらが慌てることになった。全然準備していないのだ。大会まであとひと月半あるが、そんな日数なんかあっという間に経ってしまうに決まっている。なんとかして間に合わせなければ。というわけで、しばらくこのブログは停滞気味になるかもしれませんが、大目に見てやって下さい。
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by isohaetori | 2012-10-16 20:55 | 雑話 | Comments(4)

泣けるPV

キセルの名曲、「ベガ」のPV。泣ける…。



エーン ゚・(ノД`;)・゚・  ←今月二度目
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by isohaetori | 2012-09-19 22:29 | 雑話 | Comments(0)

泣けるCM

生き物ブログもたまには脱線。余話です。


九州新幹線が開通したときのCM。
これを見るとわけのわからない感動で胸がいっぱいになり、もう、ぼろぼろ泣いてしまう。



この不思議な気持ち…なんと説明したものか。
エーン ゚・(ノД`;)・゚・
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by isohaetori | 2012-09-11 23:32 | 雑話 | Comments(0)

安全第一!

日本生態学会が作った、野外調査の安全マニュアル案。野外で調査を行う人は読んでおいて損はない…というか、ぜひ読んでほしい。

http://www.esj.ne.jp/safety/manual/

調査は、時に危険と隣り合わせである。崖から落ちるかもしれないし、川に落ちるかもしれないし、海に落ちるかもしれない(落ちすぎ…)。
落ちるかどうかはともかくとして、海岸で採集をすることが多い身としては、考えさせられる点が非常に多いマニュアルだった。特に4-2「水辺での調査」は、読んでいて改めて気が引き締まる思いであった。やはり海は怖いところで、こちらの不注意で命を落とすことになる局面はいくらでもあるからだ。
私はチキン野郎慎重なのでそれほど危ない目に遭ったことはないが、野外においては臆病すぎるくらいでちょうど良いのだと思う。
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by isohaetori | 2012-04-07 22:15 | 雑話 | Comments(0)

虫屋親父の小言

「親父の小言」というのがある。「何事も身分相応にしろ」「恩は遠くから返せ」「人には馬鹿にされていろ」といった、なんとも含蓄に富んだ言葉がずらりと並んだやつで、某チェーン系居酒屋のトイレなどで見ることができる。酔って朦朧とした状態で読んでも、なかなか心に響くものがある(気がする)。

先日、三浦半島から帰るみちみち、それの虫屋版を考えてみた。だって運転中暇だったんだもの。



-虫屋親父の小言-

・絵合わせで同定するな

・酔って標本をいじるな

・普通種と馬鹿にするなかれ

・くれくれは慎め

・ナフタリンは切らすな

・接着剤には膠を使え

・指に唾して虫を採るな

・採集地では礼を尽くせ

・工夫こそ最高の道具と知れ

・根こそぎは慎め

・文献に金は惜しむな

・身の安全を最優先とせよ

・警察の職質に慌てるなかれ

・飼育虫を放すな

・嫁の小言は黙って聞け



特に最後のやつは重要な気がする…。
それにしても、虫屋以外の人にはわけわからんだろうなあ。

他にいくらでも出てきそうな気がするが、飽きたのでこのへんにしておく。
気が向いたら、続きを考えるかも。
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by isohaetori | 2012-04-03 20:05 | 雑話 | Comments(7)

マザー2ファンにおすすめのBGM(1)

私は今までにテレビゲームをほとんどやってこなかったが、スーパーファミコンの「マザー2」だけは別だった。とことんのめり込んで、多大な時間をかけて何度もプレイした。中学、高校生時代のことである(当時、既に古典のソフトとなりつつあった)。

マザー2は糸井重里がプロデュースしたRPGで、不思議なユーモアと優しさにあふれたゲームだった。陳腐な言い方だが、殺伐としたところなど一切なく、常に楽しく、怖いところは怖く、しかし全体として心温まるRPGなのだった。音楽もまた素晴らしかった。エンドロールでは涙をこらえ切れなかった。このゲームに魅せられた人は、きっとたくさんいることだろう。

そんなマザー2ファンにお勧めのBGMがこちら。実によく出来たアレンジである。



やり込みプレイヤーなら、フォーサイドでの冒険やトンズラブラザーズの活躍が脳裏にフラッシュバックし、あのゲームの楽しい空気を再び味わえるだろう。そしてあのエンドロールまで脳内再生されて、滂沱と溢れる涙を抑えることができないだろう(大袈裟?)。これはアメリカのマザー2ファンが作った音源集のうちの一曲らしい。現在、私のパソコンでは作業用BGMとしてヘビーローテーション中である。

以上、マザー2好きという、ごく一部の人にしか分からない記事でした。たまにはいいよね。
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by isohaetori | 2011-11-14 22:07 | 雑話 | Comments(2)

縁起でもない話

f0205097_22221970.jpg縁起でもない話だが、自分が死んだ後、自分が溜め込んだモノどもの行く末を考えて思い悩むことがある。

最大の問題は昆虫の標本である。これには世の虫屋の多くが悩んでいることだろう。こんなものを残された遺族は困るだけだろうし、いずれ朽ち果てるだけなのは目に見えている。どこかに寄贈ということも考えられるが、今の日本に、アマチュアが集めた標本を受け入れてくれて、管理もできる施設がどれだけあるだろうか…。せっかく命を頂いた虫たちであるので、無駄にしたくはない。生きている間にきちんと考えておいた方がよさそうだ。

他方、現在も増え続けている古いガラスびんは、それを扱う古道具屋や骨董屋が何軒か心当たりがあるので、それほど心配はしていない。その手の店に売ってもいいし、趣味を同じくする人に譲ってもいい。
また、昆虫関係の文献は専門の古書店もあるし、やはり知り合いにばら撒くこともできる(コピー文献だけは如何ともしがたいが)。我が家に稀覯本の類はないが、全て売り払えば葬式代の足しくらいにはなるだろう。


他にも色々と思うところはあるが、縁起でもない話なので、これ以上はやめることにする。ブログが「黒く」なるし、うっかり本当になってしまうと怖いし。

いま思えば、私は小さいころから自分の死後のことを考えるのを好む子供だった。そして今でもそれは変わっていないらしい。縁起でもない、と窘められそうだが、建設的で合理的な行動として、遺書を書いておくのも悪くはなさそうだ…なんて思う今日この頃である。
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by isohaetori | 2011-07-14 22:30 | 雑話 | Comments(5)

すーぱーのば

ベテルギウスが超新星爆発を起こしそうな気配らしい。詳しくは→こちら

うーん、これはもしかしたら生きているうちに超新星爆発に立ち会えるかも? 日食や月食どころの騒ぎではない、すごい天文イベントだ。早く爆発しないかな…赤色超巨星頑張れ!(適当発言)。ま、こういうことが起きると貴重なデータが取れて、天文学が一歩進むだろうなー。

いやまてよ、ベテルギウスがブラックホールになってしまったら、オリオン座の部品がなくなって星座崩壊ではないか。それに冬の大三角が三角でなくなってしまい困る(笑)。どーすりゃいいんだ。…って、そーいうことは大した問題じゃないですね。アホなこと言ってすいません。
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by isohaetori | 2010-01-12 23:50 | 雑話 | Comments(2)

庚申の日(うちはやりませんが)

今日(10日)の干支は庚申(こうしん、またはかのえさる)である。私がこの町に引っ越してきて驚いたのは、いたるところに庚申塔が残っていることであった。「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿が彫られているのも見た。青面金剛を祀ってあるものも多い。この近辺は街道沿いの町で昔から人が多く、庚申信仰も盛んだったのであろう。


この庚申信仰のもとになったのは中国から伝わったお話で、道教で言うところの「三尸虫」(さんしちゅう。普段人間の体の中にいて、その人の行動を監視している虫)が人間の悪行を天帝にチクり、その後の審判により人に何がしかの罰が下される…という考えに端を発している。三尸虫が告げ口をしに天に昇るのは庚申の日の夜、人が寝ている間だけなので、人々はそれを防ぐため、この夜を寝ずに過ごすようになった。これを庚申待ちという。また、それを地域で組織的に行うようになったのがいわゆる庚申講で、お寺のお堂や集会場などに人々が集まり、徹夜で宴会をすることが多かったようだ。なんだか楽しそうである。

そして現在も残されている数々の庚申塔は、その地で庚申講が行われたことを記念して建てられたものである。庚申の日は60日に一度なので庚申講は年に6回行われ、それを3年続けると塔が建てられるという仕組みであった。これが一番盛んだったのは江戸時代だと思うが、時代が移るにつれ次第に廃れていく。はたして今でもやっている所はあるのだろうか。「うち、毎回やってます」という方がいたら、ぜひ教えてください。
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by isohaetori | 2010-01-10 23:55 | 雑話 | Comments(0)